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-Our Life in Virginia-

9年目へ

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3月6日でアメリカに来て8年が経ちました。



2002年の3月6日に私はアメリカへ渡米しました。18歳でした。

私の高校の卒業式が3月5日で、次の日には成田空港からアメリカへ向けて出発する。というすさまじいスケジュールで、卒業式が終わったという余韻に浸る間もなく荷物を持って母と夜行列車に乗って東京へ向かいました。

友達や家族が駅まで見送りに来てくれて、でもそれまでがバタバタしていたのであまり実感の無いまま東京へ向かいました。

成田空港で、見送ってくれた母とも別れて、アメリカ行きの飛行機に乗って離陸した瞬間に寂しさと不安が一気に押し寄せてきて涙した記憶があります。


18年間生まれて育った地元を離れて、家族や友達から離れていく寂しさや不安は。今までに体験したことの無いような感情でした。

アメリカのミズーリ州の大学の語学学校(ESL)での約1年間、バージニア州での4年間の大学生活、今振り返ればあっという間だったかもしれないけど、その頃は1つ1つのことに必死でした。

初めての親元を離れての生活。
文化や習慣の違い。
それとやっぱり一番直面したのは言語の壁でした。


日本の中、高で学ぶ英語は「読み」、「書き」が主なので、「会話」にものすごく苦労しました。

語学学校での英語で英語を学ぶというところから苦労しました。
その頃は出された宿題の「内容」さえ分からない・・・という状態でした。
先生に授業の後よく質問しにいったものです。(その質問の仕方ですら苦労しました。何せ片言英語なので。笑)

中学校も高校も英語は得意科目だったのに、その自信はこの語学学校で砕けました。笑


語学学校も1年が経とうとしていた頃に旦那と出会って、もっと会話がしたい!!と思ううちに更に必死に英語を勉強している自分がいました。
「その国の語学を短期で習得するには、そこでボーイフレンドをつくるのが語学習得の秘訣だよ!!」と誰かに言われた覚えがありますが、その通りかも。笑

旦那もよく私のあの語学力でちゃんと会話してくれたよ。と感謝です。笑



それから一度日本に帰って大学を決めて、バージニア州の大学に入りました。
その時までには、すでにほぼ言葉には困らなくなってた私でしたが、英語で専門分野を学ぶことの壁にぶつかりました。
私の大学には日本人が少なかったのもあったし、忙しくて日本に電話がなかなかできないという日々を送っていたので、日本語を使う機会がぐんと減り、もっぱら英語尽くしの生活をしていました。

それでも、周りには英語が母国語!という人ばかりと肩を並べて勉強をするので、大変な思いもしました。

同じ境遇のインターナショナルの学生達と励ましあったり。

母に泣きながら電話したり。

旦那に愚痴を聞いてもらったり。


3年生や4年生になって更に忙しくなると、余計にホームシックになって、1年に2回(冬休みと夏休み)日本に帰ったり。(普段は1年に一回だけです)


無事に卒業できたのも私の周りの人達のおかげです。


思えばアメリカに来ての8年間本当に山あり谷ありでやってきました。
2002年のアメリカに来たばっかりの頃なんて、まさか8年後の自分がアメリカで暮らしてるなんて想像もできませんでした。


感謝の気持ちを忘れずに、9年目へ突入です!!


9年目へ

2 Comments

CHIEMI  

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日記読んでビックリしたけど、卒業式の次の日にはアメリカへ行ったんだね!
めっちゃドタバタだがん 笑
私も、ついに4月7日にカナダへ渡加するし、やっと移民ビザも貰えて飛び立つだけだよ~。
料理もだけど、英語の方も見習おうと思います・・・
なんだか、これからの私の壁を日記にしてくれたような感じで不安がいっぱいだわぁ・・

2010/03/07 (Sun) 20:46 | EDIT | REPLY |   

taka  

CHIEMIちゃんへ

そうなんだよねぇ~。
卒業式にはギリギリで出席できたからラッキーだったけど、次の日にはアメリカへ出発だったから、めちゃめちゃドタバタだったわ~。

そうだねぇ~。いよいよだね。
カナダはアメリカとはまた違った英語になるね。アクセントとか違ったりすると思うし。

住んでしまえば、嫌でも英語を使わないといけない環境だから英語はすぐに身につくよ。
初めの数ヶ月が大変・・・かもだけど。英語ばっかりで脳みそフル回転だったよ。笑

でもそんなに不安になるとストレスになるから、のんびり学べば苦じゃないよぉ~!!頑張ってね☆

2010/03/08 (Mon) 22:12 | REPLY |   

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